2017年02月14日

進捗状況

なんと、2年以上ブログを更新していませんね。これはひどい。
そしてウェブサイトからブログへのリンクを貼っていませんでした。いま貼りました。

さて最近、素数迷宮というサイトが何をしているのかというと、コンテンツをさらに増やそうかと色々企画しています。
最近でも漫画を作ってみたり、ツールのメモとかポーズ集とか?作ってみたりしています。



やりたい企画がいくつもありすぎて、結局どれも中途半端になりつつありますね。これはいかん。
今3つくらい増やしましたが、本当は20くらいあります・・・

どれから進めていくか考えているところです。
posted by Valley at 17:39| Comment(0) | 日記

2014年10月20日

新曲「天使の時」

新曲「天使の時」

別にカッコつけて「天使」なんて言葉使ってるわけじゃなくて、こいつは葬送曲(レクイエム)なのです。歌詞もまったくそのような内容です。

ずーっと前、それはもう10年位前に、思いつきでこんなピアノ曲を作りましてですね、たぶん10分くらいで作ったものですが



こいつを改良してまともな曲にしてやろうと、今回作ったものがこちらです。こちらは作るのに10時間以上かかっています。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm24735892

しかしこいつは、ピアノのみで聞いたほうがいいかもしれません。以前もなんか申し上げた気がするのですが、こういうゆっくりな強い抑揚のついた曲は、ボーカロイドのもっとも苦手な分野だと思うんですね。演歌とかオペラとか、そういうの。
そういうわけで、ピアノのみバージョンも追加しました。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm24735829

何で10時間もかかるのかというと、大半はそれぞれのパートの音の高さの関係がおかしくならないように、計算する手間です。
それらのパートが、「ほかのパートと同時的におかしくならないようにする」のと、「時間的に不自然なつながりにならないようにする」の2つ。
10分で作ったほうは、単にコード(和声)の上に旋律をつけただけなのですが、今回作ったものはすべてのパートが旋律のようになっており、極端な話、メロディがなくてもそれなりに聞こえるわけです。
なのでついでに、伴奏だけ聞いた場合がこちら。メロディを抜いたもの。



こういうのを対位法というので、特にオーケストラや古典音楽では重要視されてきました。ポピュラーなどの流行曲では、あまり知らなくても平気です。
やたら時間がかかるのは、このタイイホーのせいなのです。コード分析とかやってみると、音符一つごとにコードが変わるので、何が何やらわからなくなるかも。ベースの動きを追えば割とわかりやすいですが。
和声というものは、実は旋律が同時に進んでいるとき、不協和音にならない縦の線(同時に進行するメロディ)を一般法則化したにすぎないもので、コード進行の規則とかは、本来不要なのです。
音楽が音楽として成立する最低限の法則は、対位法と音楽形式であって、和声進行は無視しても音楽として成立します。
しかし再生数伸びませんね。もちろん最初からわかってて投稿してます。こんだけいろいろ説明できるなら、音楽投稿するより音楽の先生にでもなったほうがいいかもしれません(笑

どうでもいいけど、音楽の最後に「ドッ」っていう小さい音が聞こえます。これはなんと、ピアノのペダルを踏んで演奏していたものが、演奏をやめるときにペダルを外すときの音なんですね。ピアノ弾く人はわかると思いますが。
割と上質なピアノのソフト音源を使っているのですが、ここまで再現せんでもええんとちゃうんやろうか(笑
最近の企業のソフト音源の凝りっぷりはすさまじいものがありまして、もはや人間の演奏よりも上手に、リアルに聞こえることもしばしば。
しかしそれは、あくまでスピーカーを通して聞こえる音であって、生で演奏を聴く迫力には到底かないません。
どうしても再現しきれないものがあるのです。こういう「箱」からばかり音を聞いていると、そういうところがわからなくなったりします。
これは映像でも同じことで、写真やビデオではどうしても再現しきれない「何か」があるんですね。そこまで再現しようと思ったら、やはり本物の楽器を使って演奏するしかないんですよ。
posted by Valley at 23:06| 日記

2014年10月08日

究極のボーカロイドは作れるのか

ボーカロイドはサンプリング音源の一つで、実在する音を録音し、それをパソコンに入れ、音楽作成ソフトウェアで必要に応じた形で使用できるようにしたものですが、こういった「ソフト音源」「サンプリング音源」というものはボカロが生まれるずっと以前から存在していました。
なので別に人間の声が再生できるようになっても、(ガチな)作曲家の人たちにとってはさほど驚くようなことではなかったはず。
昔はパソコンの性能が低く、こういった音を外部の装置に集めないと、スペック的に処理できなかったため、そういう装置を買わなければならず、今よりもずっと高価なものでした(かつ、現在のものよりも音質が悪かった)

さて、音を忠実に再現する要素はいくつかありまして、これはいくつか有名なソフト音源メーカーでは、いまや普通に用いられている技術です。
単に人間の声や楽器の音を、一つだけ録音し、内部で機械的に周波数をいじって音の高さを変えたり、振幅幅を変えて音量を調整する、という時代もあったのですが、それでは楽器の音を忠実に再現できないのです。
なぜなら、楽器というのは、たとえば「小さな音を録音して後で音量を大きくする」というようなやり方だと、楽器を強く弾いた音とはかなり違うんですね。

音量の大きな状態を再現するには、やはり楽器を強く弾いたものを録音しなければならない、と。
だから、楽器を弱く弾く、普通に弾く、強く弾く、すごく弱く、すごく強く……などとして、できるだけ多くの強さの演奏法を録音するわけです。こうしてたくさんの「強さ」が録音されたものを「ベロシティレイヤー」とか呼びます。

録音した音を、周波数を変えて再生する。これで高さの違う音が出せますが、やはり最初からその高さで弾いた音とは少し違うんですね。だからやっぱり、「あらゆる高さの演奏を録音してしまう」と、厳密な再現になるわけです。

演奏法。たとえばバイオリンを、長い音を録音し、再生するときは途中で区切って短い音にする。それよりも、最初から「短い音を録音したものを再生する」ほうが、本物の演奏に近い。だからそういった「演奏法(アーティキュレーション)」に関しても、あらゆる演奏法を録音し……

簡単にいうと、機械内部で音を変形せず、再現すべき音をそのまま録音したほうが忠実に再現できるということです。だから「量」が必要になる。
だから厳密に再現するためには、あらゆる音量、高さ、演奏法について、すべて録音する必要があるわけです。
これに加えてハイレベルな企業では、音どうしの「つなぎ目を滑らかさ」を数パターン録音し、ランダムに再生することで、反復演奏してもまったく同じにならず、まるで人間が演奏しているように聞こえる技術とか(リピティション)、弦を一度叩いて音が鳴り止まないうちにもう一度叩いた音を録音して音の共鳴を再現したり、ピアノの「板」によって共鳴する音を別に録音しておいて、多数の鍵盤を同時に弾いたときに板の共鳴音を再現してさらにリアルな音を……とか、言い出せばきりがないほどの複雑怪奇な技術が詰められています。

もちろん録音する側も大変な作業でして、その作業も、ひどいときは数年単位で録音されたりします。
録音された音の数も膨大で、数万から数十万、ひどいときは百万超えたり、演奏する側もすさまじい忍耐を要求されると思われる膨大な作業の末に、そういうものが出来上がるわけです。
そしてできあがった、たとえばピアノのソフト音源の上質なものでは、数十ギガの容量になったりします。パソコンに入れるのも一苦労で、たった一つの楽器にために両面DVD3枚とか、そんな量になります。


んでボカロはどうなのか。見る限り、初期のボカロでは、まずベロシティレイヤーがないようです。つまり、音の強さは一段階しか録音されていない。
さらに、演奏法。これは後のボカロでは「ささやくような声」とか「クリアな声」とか、5つくらいのパターンが録音されたようですが、最初は一種類しかありませんでした。
音の高さは?たぶんある程度録音されていると思いますが、人間ではありえないような高音域とかは、元の声を機械で変形させて再現しています。まあ実は、一種類しか録音されていないのかもしれません。

このようにしてみると、ボカロのサンプリング技術というのは、最近の他社のそれに比べると非常に「手抜き」に見えるわけですが、これがやむをえない理由としては、人間の声は楽器のように頑丈ではないということです。
そんなに何ヶ月にもわたって大声を張り上げて録音していたら、歌い手の喉が持ちません。

さらにもう一つ重要な理由は、人間の歌が楽器と最も異なる点……「言葉」があることです。演奏法、音量、音高に加え、「言葉」つまり、「あ」から「ん」さらに濁点と半濁点を加えると100種類くらいあるわけでして、つまり楽器の録音数×100です。まともなやり方では体が持ちません。
おそらくヤマハ秘蔵の技術で、できるだけ音量や音高を減らし、それよりも言葉の数に集中しなければならなかったでしょう。それでさえ、おそらくは相当な作業量になったと思います。
……といっても、初期のボカロはDVD1枚に余裕で入るくらいの録音量なので(5GB以内)、通常の上質な楽器のソフト音源に比べると、録音量はずっと少ないようです。
最高音質のピアノのソフト音源は、500GB入っているのがあります。ただしこいつはちょっと特殊で、電磁誘導を使った自動演奏装置を使い、音の強さを100段階入れたという超ド級のシロモノです(というか、そもそも100段階異なる強さで鍵盤を打つというのが、人間では不可能)
もしこれと同じものを人間の声でやろうとすると、「言葉」がある分、歌声は楽器の100倍の録音量が必要になるので、パソコンに詰め込まれる容量は50000GB=50TBという、ありえない容量になります。
もう少しハードルを下げてみても、たとえば平均的なソフト音源は、単一の楽器で数ギガあるのが普通なので、声にすると数百ギガになります。サンプリング数も100万超えとか普通になるでしょう。歌い手の人は、一つ一つ言葉を100万回以上録音しなければならないわけで……1日1000語、毎日休まず録音しても、3年以上かかるわけで、「理屈上は可能」くらいの感じです。現実にそういう作業が可能かというと、難しいでしょう(重要なところですが、歌手というのは歌いすぎると喉が潰れます。特に限界域での最高音は非常に負担が大きい)

試しにVocaloid3の体験版をダウンロードして、声の大きさや発声法を、エフェクターで変形、再現できないかと試みてみましたが、まったく不可能でした。
エフェクターは、出来上がった音に補助的に味付けするにすぎません。やはり厳密に歌声を再現するためには、大量に録音するしかないのです。

それで結論として、現在の技術力では、人の声を完璧に再現するボーカロイドは作れないだろう、と考えます。
機械のように頑丈な喉を持った歌手がいれば作れるかもしれません。


ついでに考えていたのですが、なぜ流行のボカロ曲は早口の歌が多いのか。なぜ超高音域の歌が多いのか。

機械音の欠点をごまかせるから。たぶん。

録音して再現するとき、実は短い音のほうが再現しやすいんです。
最も再現の難しいのは、長い音。しかも何種類もの複雑な抑揚が混合してついているようなものです。
ゆったりと、しかし大きく抑揚のついた歌、たとえば「演歌」の再現なんかは、ボカロのもっとも苦手とするところでしょう。現に私がボーカロイド3で再現を試みたのは演歌の歌だったのですが、どうやっても無理でした。まるで話にならん(ちなみにボカロ内に調整パラメータがたくさんありますが、演歌の再現にはどれも役に立たない)
早口の歌は必然的に短い音の集まりになるので、この中でややこしい抑揚をきかせるのは、人間が歌う場合でも相当に難しく、どうしてものっぺりとした印象になります。そういう場合、まあ楽器をやかましく騒ぎ立てたりしてごまかすわけですが。

それでも通常の音域でボカロに歌わせると、元の人間の声と容易に比較できるため、欠点も目立ちます。人間でほとんど不可能な音域の歌を歌わせれば、機械音の欠点もまあ、目立ちにくくなるのではないかと。
そういうキンキンした歌は、若者の多いニコニコ動画とは、偶然にも相性がよかったと。この相性のよさは偶然だと思います。もしニコニコ動画がなかったら、別の「若者が集まるどこか」で流行っていたと思います。

しかし個人的には、演歌の再現をやってみたいのですが……

こうして人間の声が機械で上手く再現できないので、機械が人間の「声」の仕事をすっかり取ってしまう、というようなことは、起きないと思います。
少なくとも、機械が声優の仕事をやる、というようなことは、まず今から100年くらいはないでしょう。
posted by Valley at 22:04| 日記

2014年09月09日

M3というイベント

妙に惹かれる曲というのがあって、好きではないんだけれども、何か不思議な魅力がある。
ラヴェルの「鏡」というピアノ組曲で、
http://www.youtube.com/watch?v=0VdZR3deNdI
しかしこいつは題名を知らないと理解しにくくなります。

1.蛾
2.悲しげな鳥たち 4:38~
3.海原の小舟 8:40~
4.道化師の朝の歌 16:03~
5.鐘の谷 22:40~

聴いてみると、ああなるほど、と思えますね。蛾の飛んでいる様子とか、船が波に乗っている様子とか、「鏡の谷」ってのは独特ですが、まあなんとなくわかるような気はする。曲の様子からして、なんとなく水晶の洞窟のようなイメージが出てきますね。
純粋に音楽と聞いてしまうと、わかりにくい。特にわれわれはポピュラー音楽など、歌モノに慣れているせいか、旋律を人間の声として聞いているようなところがある。
こいつの楽しみ方はね、マニアックな人たちは4度和音だの多調だのとわけのわからんことをいうのですが、それよりも映画のワンシーンのような想像をするとわかりやすいです。
映像と音楽を同時に楽しむような感じで。そう考えると曲を聴くのが10倍楽しくなる。
昔はこの曲がなかなか理解できずに困ったものです。楽譜を見てもトンチンカンな解釈しかできなかったし。

この組曲の中で一番有名なのは、4番の「道化師の朝の歌」で、よく演奏されるそうですが、まあ有名かどうかはどうでもいいです。
私見ですが、クラシック音楽で有名な曲というのは、本当にクラシックが好きな人は見向きもしない作品が多いものです。
たとえばショパンのノクターン2番。
http://www.youtube.com/watch?v=tV5U8kVYS88
こいつは専門家の間でも「しょーもない曲」とすこぶる評判が悪く、ショパン自身もあまり評価してなかった様子。
本当にクラシックの好きな人はね、13番が好きなんですよ。
http://www.youtube.com/watch?v=-7mntyrW3HU
8番。これもいい。
http://www.youtube.com/watch?v=WJ8RVjm49hE
16番。独自の崩れた形式を持っていて、ちょっとわかりにくいけど、旋律の絡み合いが楽しい曲。
http://www.youtube.com/watch?v=TbPDxbUp0_g
私は7番とかが好きだったりしますが、これ好きな人はクラシック好きな人でもあまりいないですね。専門家の間では評価が非常に高かったりするのですが。
http://www.youtube.com/watch?v=QAcAWWU_0mE


10月の下旬にM3という、音楽専門の同人イベントがあるんですが、それに行こうと計画しています。サークルではなくて単なる客としてですが。
最近は「どういう需要があるか」というようなことばかり考えていて、作品への情熱を見失いがちでした。
しかしダ・ヴィンチがいうように、「芸術というのは魂がこめられなければ完成しない」というごとく、熱のこもらない作品は、わかる人にはわかるものです。わかるというより「バレる」んですね。

ダ・ヴィンチのいう「魂のこめられた作品」に、一つでも出会えれば、東京に行くだけの価値は十分にあるというものですよ。
しかしなかなかないのです、そういう作品が。「やりたいようにやる」なんて、同人の特権だと思うんですがね。ネットを探るとちょこちょことあるんですがね。


自分もノクターン集出したいね。
いや、ピアノ協奏曲を出したいね。

次々回のM3には何かもっていけるように、考えておきます。
ホンマに時間なかったらどうしようもないんですが。
しかしなんだな、昔は自分の作品にもかなり満足していたのに、最近作るものは、完成度は高いけど満足できない、そんなのが多い。
たぶんね、技術を前面に出しすぎているんですよ。熱が足りんのです。
posted by Valley at 22:48| 日記

2014年09月02日

ゲームの流行はどこから起きるのかという考察

物を売るためにはさまざまな要因があって、一概にこうすればいいというのはない。
ゲーム業界は、いまや多くの大企業が参入しているので、開発から広告、営業に至るまで、すべての総合力が影響しあって結果が出ているので、なかなか「売り上げ予測」とか「今年の流行は」とか、わかりづらい状況にある。けれども、少なくとも現在、「一人の天才がブームを作り出す」という可能性はほとんどなくなってきたような気がする。

ずっと昔から、何か「流行の仕掛け人」というのか、ブームの作り方みたいなものはあったかもしれない。それを考えれば、これから何が流行るのかわかるかも。

ゲーム業界の最初は、とりあえず任天堂のファミリーコンピュータ(ファミコン)ということにしよう。それ以前にもゲーム機はあったけど、ゲームが本格的にビジネスとして大きくなり始めたのはファミコンの頃が始まりだったと思う。

いろいろ調べてみた。

ファミコンの発売日は1983年7月。最初のゲームソフトも同時に3つ発売した。
ファミコンのブームといえば、スーパーマリオブラザーズ。これは1985年の9月発売なので、ハードが発売してから2年もかかっている。
それまでに発売したものでは、ナムコのゼビウス、パックマン、ギャラクシアンあたりか。ただこれらも、あまり知っている人はいないと思う。パッとしないというか、名作といってる人は多いらしいけど、ブームというほどでもない。
1985年の12月にボンバーマンが発売しているが、当時はさほどブームにはならなかったと思う。
任天堂と別に、別に仕掛け人がいた。1985年から1987年にかけて、ハドソンのスターフォース、スターソルジャー、ヘクター87が、特に「シューティングゲーム大会」のようなものを開いて、当時は話題になっていた。
高橋名人なんかも出てきて、「16連射」を披露したりで、話題を呼んだ。この頃からすでにスクウェアがゲームをいくつか出しているが、まるで誰も注目しない。
ドラゴンクエストが発売したのは1986年で、この頃はあまりRPGはブームではなかった。2あたりから徐々にブームが始まってきて、3で頂点に達した。ドラクエ2は1987年、ドラクエ3は1988年。

こう見ると、まず始めに1986年あたりをピークにシューティングゲームがブームになり、次に1987,8あたりでRPGがブームになり始めた。この後RPGはずっと繁栄を続けていくが、シューティングはここらがピークの限界で、後は沈む一方だったと思う。
この頃の流行は、スーパーマリオのほか、くにおくんシリーズとかグラディウスとか、野球ゲームとかアニメの版権モノとかいろいろあって、別にRPGだけが一人勝ちしてたわけじゃないが、とりあえずはこの辺からRPGブームが始まっていたような気がする。
流行というのは、そのときで一つのものだけが流行し、それが終わってから次が……というものではなく、同時にいくつも、時期を微妙にずらしながら発生したりする。あるものが流行っている裏で、別のものが今にも流行ろうとしている、というようなことが、同時平行で進む。

さて、この頃のユーザーというのは小学生くらいの少年が中心だったので、いったい彼らがどこから情報を入手していたのかが気になる。ゲーム雑誌じゃない。小学生はそんな雑誌は読まん。
この頃の情報媒体は、漫画だった。コロコロとかボンボンとか、そんな名前の漫画雑誌があったが、それらがゲームを題材にした漫画を多数描いていたり、ゲームの紹介をしたりしていた。それ以外にも漫画はあった。たぶん小学生のゲーム情報源はこのあたりだった。
アニメは関係なかった。小学生の読む漫画雑誌というのは、ジャンプとかじゃない。あれはもう少し大人の、思春期以降向けだと思う。
当時の漫画雑誌でシューティングゲームとか騒いでおり、漫画の中でゲーム対戦させるものをたくさんあった。RPGなんかだと、漫画の主人公がゲームの世界に入り込んだ設定だったりした。

というわけで、ファミコン時代の流行の仕掛け役は、「小学生向け漫画」だったと思う。たぶん。
漫画雑誌の中で、簡易なゲームレビューなんかもしていたので、そういう影響もあった。ある程度マイナーなゲームでもレビューが行われていたりしていたが、それすら不可能なゲームは、いきなり店頭で売出すしかない。
しかし当時5000円近くのゲームソフトを、小学生が選択するのはかなり慎重になる。もし漫画という媒体を使わなければ、面白いゲームでも購入させるのは絶望的だったと思う。たぶん、玩具店でパッケージを見て気に入って買う……という人もいただろうが、少数だったと思う。


この頃は、漫画雑誌に売り込まなければどうにもならなかった、つまり、流行の仕掛け人は漫画であり、企業がコントロールすることができた。


ファミコン以外にもゲームハードはあったが、あまり知られていないので無視する。次は1990年11月に発売したスーパーファミコンだ。ファミコンの発売から7年経っている(後から言及するが、この「7」くらいの数字が重要だ。私見で、一つのブームはだいたい6〜8年くらい続くと見ている)

スーファミでもスーパーマリオは相変わらず売れていたが、本当のブームはやはりRPGにあった。この頃からようやく出てきたのだが、ファイナルファンタジー4は1991年7月、ドラゴンクエスト5は1992年9月、やはりハードの発売から1〜2年かかっている。
それともう一つのブームが、対戦格闘だった。ストリートファイターシリーズがその始まりだった。最初のストリートファイター2は、1992年6月。
スト2はどこから出てきたのかというと、どうやらゲームセンターらしい。ゲームセンターでは1991年に出ており、10代後半〜サラリーマンまでやってたらしいが、これがスーファミに移植されて、小中学生までやるようになった、ということだった。ここで、流行のもう一つの仕掛けとして、ゲームセンターで出す、という方法があった。これは上手い方法だと思う。いきなり店頭で5000円出すよりも、とりあえずはゲーセンで100円出して試してみて、気に入ったら店頭で購入すればいい。「ハズレ」を引く可能性が少ない。

スト2の流行はかなり重要かもしれない。ゲームセンターからユーザーを青年層まで取り入れたことで、ゲーム雑誌にアピールする方法ができ始めた。雑誌という媒体なら、10代くらいの少年には全般的にアピールできる。もちろん漫画雑誌も宣伝媒体になっていたとは思うけど、このあたりから雑誌でレビューするなど、出版を通してアピールする方法がとられるようになってきた。
雑誌はカラーのものが多く、グラフィックの向上をアピールするには最適だった。グラフィックの技術は売り上げを左右したようだった。それで、ファイナルファンタジーのようなきれいな映像のものが、特に売り上げを伸ばしていたように思う。

ついでに、ファミコンのシューティングゲームも、実はゲームセンターからの移植が割りとあって、たぶんゲーセン常連の中高生なんかもファミコンソフトをそこから買っていたと思うが、当時はなぜかファミコンをやっているのは小学生くらいの子供が多く、小学生はゲーセンには行かない。なのでこの時期にゲーセンでアピールするのは、あまり意味がなかったようだ。


それで結論だが、スーファミ時代の流行の仕掛けは、漫画、ゲームセンター、ゲーム雑誌と、選択肢が増えたようだ。やはり店頭でパッケージを見て買う、という人はいなかったと思う。


次のブームはプレイステーションで、1994年12月。同時にセガサターンも発売した。

この頃はかなり競争が激化していていろいろ出てた気がするが、相変わらず対戦格闘とRPGが流行っていたと思う。それ以外のジャンルとしては、リッジレーサーのようなレースゲーム、バイオハザードシリーズ、後は古参の定番シリーズもの(ロックマンなど)だったと思う。
このハードはポリゴンを用いた3D表現が可能になったので、それを利用したゲームが出てきた。レースゲームがその代表だけど、対戦格闘にも3Dが使われたりした。というか、なんでも3Dでやるようになってきた。
3Dとは別のところで、2Dの処理技術も高くなってきた。この時代、別のところではパソコンのハード性能向上にともない、パソコンゲームではアダルトゲームが流行し、その移植モノがプレステとかで発売されていた。ゲームセンターの脱衣麻雀なんかも移植された。要するに、ギャルゲーとか恋愛ゲームとか、そういうのがこの頃から出始めた。これの根本は、ハードのグラフィック性能の向上にある。
シューティングゲームもゲームセンターから細々とアピールしていたが、流行にはならなかった。RPGもポリゴンになった。

このあたりからすでに混交玉石といった感じで、ソフトが異常に大量に開発され、ブームの波も緩やかになってきた感じがする。次のハードはプレステ2,3と性能は上がっていくが、これといってぶっ飛んだブームはやってこない。定番RPGがずっとブームだったが、対戦格闘は徐々に衰えていった。それで現在に至る、といった感じだ。この辺は変化が緩やかで、ゲームは大企業が製作し、開発費も膨大になっている。


流行の仕掛け方だが、インターネットが盛んになる1990年後半〜2000年あたりから、ネットで情報が飛び回るようになった。ネットが出てくるまでは、やはり漫画、ゲーセン、ゲーム雑誌だったと思う。つまり企業がコントロールできていた。
インターネットが出回り始めてからは、ネットでゲーム評論なんかも情報媒体になってきていたと思う。ゲームの種類も、ブラウザゲームやソーシャルゲームが出てきてからは、ネット上のプラットフォームで、ゲームを発売すると同時に宣伝効果もある、という具合だった。そのゲームサイトを見ればだいたいわかるので、わざわざ雑誌を買う必要もない。ゲームセンターは潰れまくっているし、ネットが出る前と出た後では、もうすっかり流行の仕掛け方は変わってしまっている様に見える。ただしゲーム雑誌は今でもあるので、それはまだ健在か。ただしゲーム雑誌の代わりができるウェブサイトはたくさんあるように見える。


ところで、ファミコンは約7年、スーファミは約4年、プレステは6年、プレステ2は6年。
スーファミはちょっと早死にした気がするが……だいたい単一ハードの流行は、6年くらいが目処じゃないかと思う。
そのハードの流行が終わりかける頃、ブームが終わりそうでこれはいかんと思ってハードメーカーが一生懸命ハードを開発するんだろうか?とにかく、だいたいゲームの流行は6年のようだ。
そういえば、ソーシャルゲームのグリーとモバゲーがいろいろやりだしたのは2008年くらいかららしいが、業績が下がって騒いでいたのはつい1,2年前の話だ。やっぱり6年程度で流行が過ぎ去るのかもしれない。
スマートフォンが本格的に皆が持ち出したのは、つい数年前のことで、とりあえず2010年くらいがはじめだとすると、この流行もあと2年くらいで終わりだろうか。といっても、グーグルプレイとかが今の主流というだけで、今後はスマホのハード性能向上が、プレステ1→2のような変化に相当するかもしれない。
新しいブームが「スマホの中の○○」とかになるかもしれないけど。

これらの流行の仕掛け方は、プラットフォーマー(グリーとかモバゲーとか、グーグルプレイとかAppStoreとか)が、トップページに大々的に宣伝したりして行われる。要は、大流行するようなゲームはたいてい企業がコントロールしてるわけだ。もちろん口コミとかが原因で流行ることもあるし、昔に比べて情報の伝達が早いので、昔のように「漫画雑誌に載せられなければどんなクオリティだろうが絶望的」というふうにはなっていないらしい。突然無名のゲームクリエーターが大流行を起こすことも、たまにある。
要するに、今の流行を見たければ、直接グリーのサイトとかグーグルプレイを見ればよい。ネットでほかにレビューサイトがあるかもしれないし、ゲーム雑誌を立ち読みしてレビューを見る手もある。動画サイトでゲームの実況が行われていたり、SNSで情報が入ってくることもある。現在、流行の「仕掛け」は多様化していて、ゲーム媒体もブラウザからスマホ、据え置きとか、たくさんあるので……「この一点に資金をぶち込めば流行を引き起こせる」というような確定要素がなくなってきてるようだ。

小規模&多数の時代。

当面は、スマホアプリとブラウザゲームが同時並行で、クオリティ競争が続くような気がする。
昔は新しいハードが発売して、突然ハード性能が上がったのだが、今はスマホの性能は少しずつ上がっていく。ので、時代が進むにつれ、ハード性能が徐々に向上、それにしたがってゲーム性能も徐々に向上、という、緩慢な変化で進みそうな気がする。
するとまあ、ほうっておくととんでもない数のゲームが市場にあふれて、ニコニコ動画みたいに、検索不能の事態に陥り、やがては大企業による定番シリーズ以外何も売れなくなるとか?なる可能性もあるけど、今はまだそうなってないようだ。その頃には別のプラットフォームが出てるかもしれないけど。

スマホが普及してから、あと2年でだいたい6年。この辺から何か新しいものが出てくるか?それともやはり、緩慢にハードの性能が上がっていくのか。
ハードではなく、特定のヒット作が突然出たりすると、それによって流行が大きく左右されていく、という流れができるかもしれない。
posted by Valley at 23:17| 日記

2014年08月31日

人間の身体機能とゲームコントローラーの関係

従来の据え置き型ゲーム機のコントローラーは、どういう過程でそうなったのか知らないが、十字キー型のコントローラーを使う。
任天堂のファミリーコンピュータが発祥かもしれない。ともかく重要なことの一つは、「十字キーと複数のボタン」というコントローラーだった。

これは人間の動きをシミュレートする場合、十字キーは「移動」つまり歩行や走行のアニメーションを再現しやすい。そしてこれは「脚」の動きを再現するのに都合がいい。ちょうどぴったり合う動きなのだ。
脚の機能というのは、人間の体全体を、その場からいずれかの方向へ少しずつ移動させる機能が主だ。だから4方向ついている十字キーはちょうどいい。

しかしながら、十字キーで腕の動きを再現するのは難しいものがある。
腕の主な機能は「操作」であって、外界へ向かって何かをする、たとえば道具を使うことなど。
これは、「少しずつ前後左右に動く」というような動きではない。腕の動きは「ある部分へ向かってまっすぐ動く」場合が多い(3DCGでいうインバースキネマティクスの動き)
これの動きは十字キーで再現しにくい。たとえばガンシューティングで、画面のある地点に照準を持っていくような場合だ。十字キーだとノロノロ照準が動く。しかも目的のところでぴったり止まったりせず、ちょっとずれたりする。いらいらする。なぜいらいらするかというと、腕の動きはもっと早くて正確だからだ。上手く腕の動きをシミュレートできていないからいらいらする。だからガンシューティングには、専用の銃コントローラーが用意されていることが多い。

さてここからが重要なところなのだが、スマートフォンは十字キーとまったく逆なのだ。
こいつは画面をタッチしてコントロールし、十字キーなんてものはない。したがって、「ボタンを押している間少しずつ移動」という動きは苦手だ。それよりも「いきなり画面のどこかの地点を即座に示す動き」のほうが得意だ。
この動きは腕の動きに似ている。しかし脚の動きには似ていないため、つまりスマートフォンのゲームは、人間の足の動きよりも腕の動きを再現するのにむいている、ということになる。


難しい話をしたが、ちょいと思い当たるところがある人は多いと思う。
たとえばスマホのRPGで主人公を「移動」させるとき、画面の中に十字キーみたいなものが表示されてそれを押しっぱなしにして移動するのだが、非常にストレスがたまる。
まずボタンを押した瞬間の反応が鈍い。押してすぐさま移動を開始しない。ボタンを正確に押すのが難しい。またなんといっても、ボタンを押しっぱなしにしていると、その部分に汗がたまって、そこから指をずらしたりする感覚が一定でない。指が汗をかくとスライドしにくくなる。
これはすべて、「脚」の動きを再現しているから、つまりスマホ画面の中で主人公とかを「移動」させている、そういうゲームデザインをしているからこういうことになる。
そしてこれらは従来の据え置き型ゲームの再現に近い。

これと逆に、従来では難しかった腕の動きの再現、たとえばFPS(ガンシューティング)は、割とストレスなくできたりする。
画面に敵が出てくると、昔は十字キーで照準を少しずつ移動してボタンを押して弾を撃っていたのが、スマホだと敵の場所をタッチすればそれでいい。次から次へと敵が出てきても、そこをタッチしていけばすむこと。こういう爽快感は、十字キーでは再現できなかった。昔に比べてストレスが小さい。


現在、多くのゲーム会社が、こぞってプラットフォームをスマホに移行しようとしているんだけど、それが単なる「従来のゲームをスマホに移すだけ」になっていたりする。
ホンマに何も考えず、そのままスマホに移動させるだけだったりする。しかしながら、こういうコントローラーの違いがあるので、たとえばドラクエをスマホに移行したときには、客から散々クレームが出た。
RPGの場合、十字キーで主人公を「移動」させてきたのだが、脚の動きはスマホに向かんということだ。従来型のシステムをそのまま持ってきていたのでは、ストレスがたまるだけであって、しかも「何も新しい開拓をしていない」
「Smash Hit(スマッシュヒット)」という有名なスマホゲームがあって、これは球を投げていろんなものに当てていくゲームで、かなり面白い。主人公の「移動」は、自動で行われる。主人公はどんどん自動で前へ進んで行き、視界に入ったいろいろな物体めがけて球を投げ、当てていく。当てていって点数が増える。
このシステムは、従来型のコントローラーではやりにくいのだが、スマホではやりやすい。


スマホにはスマホならではの強みがあるんだ。スマホに適したゲームというのがあり、本当にスマホの力を発揮しようと考えるなら、その特性を十分理解した上で、最大限有効に使えるようなゲームを作ったほうが、斬新さもあって、良質なゲームができると思う。
単に従来型のゲームをスマホに無理やり移動させるだけというのは、新規さがないだけでなく、ゲームのクオリティも劣る。そのやり方では、この先生き残るのは難しいと思うね。

従来のゲームとはまったく違うやり方、新しい方法、一から考えなきゃいけない。
特に従来のゲームは、コントローラーで「脚」の動きを再現してきた。スマホの得意分野は腕の動きだ。だから、コントローラーで移動させるRPGとかアクションとか、根本的に向いていないわけだ。やるとしても、異なるシステムが必要だ。
逆に音ゲーや銃撃ゲームなど、腕を使って精密な動きを再現させるものは向いてる。
そんな難しく考える必要はないんだ。そういうのが昔のゲームではできなかったところ。たとえば包丁で大根を上手に切るゲームとか、そんなんでもいい。
手先でちょいちょいと何かをやるゲームが、これからもどんどん出てくるぞ。


posted by Valley at 22:48| 日記

2014年06月28日

アマチュアのゲーム音楽家たち

最近流行の「Unity」というゲームエンジン(製作ツール)は、今急速にシェアを伸ばしているツールで、現在、全世界では100万人以上のディベロッパー(開発者)が使用しているといわれています。
スマホのゲームを起動した直後「Unity」というロゴが現れるのを見たことのある人もいるでしょう。あれはUnityで作られたゲームで、ベーシック版(無料)の場合にはゲーム起動直後にあのロゴが入るようにできています(プロ版だと自社のロゴを入れられる)
このツールは効率よくゲームを作れるという以外に、「アセットストア」というものがありまして、Unityがウェブ上でさまざまな素材を素材の開発者から集め、ダウンロードして使えるようになっています。
そこには有料のものや無料のものなどあり、すべての部品を一から作らずとも、ゲームを完成させることができるようになっています。
今までは素材を作るには一つ一つ企画を立て、製作者に注文していたので、非常に時間がかかるとともに資金も必要だったわけですが、今ではこのようなストアを使うことで、かなりコストを抑えることができるようになってきました。

さて、今までアマチュアの世界で、「ゲーム音楽」というジャンルがありまして、これは何かというと、実際にゲームを作って発表しているわけではなく、あくまで「ゲームを想定した音楽」とか「今までのゲーム音楽に類似した趣向の音楽」という意味でした。
製作者たちは、ひそかに「どこかのゲームで自分の曲を使ってほしい」と思いながら楽曲を作っていたのですが、それもほとんど日の目を見ずに終わっていました。
音楽投稿サイトでそういう音楽を出している人もたくさんいるのですが、「これを今すぐあなたのゲームで使ってかまいません」というような明記はないため、ゲーム製作者がいちいちその曲の製作者に問い合わせて許可を得るのは非常に面倒というか、嫌だったのですね。
なのでたいてい、「フリー素材」と明記してあるようなサイトに載っている音楽を使ったりしたものでした。
ところがこのように、今世界中で最も多く使われているツールに、このように「使ってよい」と明記されている素材集が世に出ていると、非常にやりやすいのです。
やり方も簡単で、決済してダウンロードするだけ。いちいち打ち合わせする必要はありません。
また音楽だけでなく、スクリプトやアニメーションの基礎データを渡したりもできるので、ゲームの種類によっては劇的に製作時間が短縮できます。非常に画期的です。

このような場が用意されることで、今まで埋もれていたアマチュア音楽家の活躍の場ができつつある、といえるかもしれません。
ただしこのUnityというツール、基本的にはプロ仕様を前提にしているので、あまりクオリティの低いものは出せませんし、Unity社の審査もあります。審査が通らないと出せません。
これでゲーム音楽で稼げると思いきや、並み居るプロたちの「洗礼」を受けて立ち直れなくなる、ということも十分にありえます。

やれやれ素人が、戦場に迷い込んだか?
まったく俺たちも甘く見られたもんだ。こんなド素人の売込みを受けるとはな!
ここは見世物小屋じゃねぇんだぜ。失せな!

という罵声が聞こえてきそうですね。いや実に楽しい。こういう雰囲気大好きです。
あまりおかしなものを出すと、当然顧客からの信頼を損ねるわけで、相手にされません。評価も厳しいので、「悪い素材屋」という評価を受けたら、後々まずいことになります。厳しい世界です。
それでもクオリティに自信があるなら、ここで一発稼いでやろうという意気込みは、悪くありません。現にこのアセットストアで生計を立てている人もいるそうです。
このエンジンは、iPhone、Android、プレイステーション3・4、XBOX OneやWindows,Macなど、あらゆるゲームハードで動くように設計されているため、今後もますますストアは大きくなっていくでしょう。
スマホゲーム業界が、ポストスマホといわれるウェアラブルに移行するという見方が世間では流行っていますが、ゲームに関しては正直、ウェアラブルにはいかないと見ています。

Unityのアセットストアの規約は、ここに書いてありますが、
http://japan.unity3d.com/asset-store/
長いのと英語で書いてあって面倒なので、要点だけかいつまんで、わかりやすい言葉で書き出してみました。貼り付けておきます。
なお、顧客とは素材をダウンロードして使う人のことで、提供者は素材をストアに提供する人のことです。

///////////////////////////////
Unityアセットストア契約書内容

配布可能なものは、

(i) ビデオゲームの開発を容易にする設計のソフトウェア、(ii) コンテンツ(3Dコンピューターグラフィックを含むコンピューターグラフィック、サウンド、ミュージックなどを含む)またはチュートリアルなど、ビデオゲームおよびインタラクティブメディアの一部に組み込まれるデジタル素材
である。

アセットストアのカテゴリは

3Dモデル:キャラクター、小道具、植物、建物、乗り物、その他
アニメーション:二足歩行、その他
アプリケーション
エディタ拡張:2Dスプライト、モデリング、アニメーション……
オーディオ:音楽、環境音、効果音、その他
完成プロジェクト:システム、チュートリアル、テンプレート、パック、Unityテクニカルデモ、その他
サービス:決済手段、ゲーム分析、その他
シェーダー:ダイレクトX11、サブスタンス……
スクリプト:モデリング、GUI、アニメーション、アバターシステム、エフェクト……
パーティクルシステム:気象、炎、魔法、水、その他
テクスチャ&マテリアル:2Dキャラクター、タイルマップ、岩、紙、ガラス……

売り上げはUnityが承認するPayment Processor(支払い処理業者)によって支払われる。
著作権を主張するために、Unityがこちらの名前、住所その他の連絡先情報を侵そうとしている第三者に送信する権利を有する。
価格設定は米ドルで設定し、端数は認められない。そしてUnityが顧客に対し、妥当な通貨で表示する。
手取りは、あらゆる手数料を差し引いて30%が取られる。つまり70%がすべてがこちらに入る。
PayPalによる支払いでは、月ごとに支払われる。アカウントを提供すれば、払ってくれる。こちらのほうが早いし、手数料もかからないようなので、有利。
小切手または電子送金の場合、四半期ごとに支払われ、手数料を取られ、しかも250ドル以下だと支払われない。
無料提供の場合、Unityにも当然手数料は支払われない(Unityに嫌がられるかもしれない)
返金は支払い業者の規約による。
アセット提供の際、提供者の情報がダウンロード画面に表示される。保守やクレーム対応は提供者が行う。
提供者が適切にサポートしない場合、低評価、露出低下、売り上げ減少などが起こる場合がある。販売額が50ドル未満の場合、Unityは顧客に購入額を返金し、提供者に請求されることがある。50ドル以上なら、支払い業者のポリシーに従う。
提供した素材を消すと、顧客も以降はダウンロードできなくなる。
提供者は、自分のウェブサイトで決済機能をつければ、無料素材に対して寄付を募ることができる。ただし素材の「機能拡張版」を別のところで販売してはいけない。そのままならたぶん平気。寄付の募り文句は、アセットストアページ以外に表記してはいけない。
Unityは提供者の素材の著作権を奪い取るわけではない。好きに処理できるわけではない。
顧客が提供者に個人情報を与える場合、提供者は個人情報の秘密を守らなければらない。
提供者が、顧客から受け取った個人情報を、Unity素材のための宣伝とか(メールに新しい素材作ったよ!とか)はしてもいいが、Unity外ではどんな目的でも使ってはならない。
素材を別のところで販売するために、Unityを宣伝目的などに利用してはならない。
素材に悪評がついたとき、あまりひどいならそれについてUnityに問い合わせることができる。
素材を更新した場合、バージョン表記は提供者の責任で。
不謹慎なものは作ることができず、削除されたり、訂正を求められる。
Unityは提供した素材をプロモーションなどに使うことができる。
アセットを取得した顧客に対し、提供者は商用の販促、宣伝してもかまわない。
素材の中に第三者の素材が含まれる場合、その第三者の許可を得なければ出せない。
素材を削除することはいつでもできるが、顧客から取り戻すなどはできない。
エロはだめ。不謹慎もだめ。
各素材単位で、特約が可能。あまりおかしなものはだめだが。
顧客は、転貸借、複製、譲渡、頒布など不可能。
ダウンロードしたアセットを、別のパソコンで移動することはできず、それをやりたいならライセンサーから書面による承諾が必要。
顧客はアセットのコピーは不可。
同一素材のアップグレードは無料で行わなければならない。

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Unityアセットストア提出基準

あまり単純すぎるものは出してはいけない。もしやるならマルチパックしてセットで出すとかすべき。要するに、誰でもすぐ作れるようなものを出してはいけない(あなたの特有の才能、スキルを反映すべきである)
ユーザーが、使うに当たって難しそうなものは、文書によってサポートすること。特にプログラムコードはセットアップの方法を記述するように。
しっかりプレゼンテーションしよう。アセットの質と有用性を、テキストとプレビューでアピールするべき。unityウェブプレーヤー、youtube,Vimeoなどへリンクすることも可能で、有効である。
著作権に問題ある素材は絶対に出さないこと。訴えられる可能性がある。
中に別の著作権が含まれてはいけない。たとえば車にフェラーリのエンブレムがあってはいけないし、ベレッタのような実在の銃を出してはいけない。まるっきり実在のものを3Dモデリングしたりするのはたいてい不可。
できるだけ不具合は避けるように。
アセットの名前は、できるだけ詳しくわかるように。「飛行機」ではなく「伝統的なイタリアの複葉機」のように記述すること。スペースは使わず、アンダーバーで区切る。「Unity」で始まる名前は使わないように。既存のブランド名はつけることができない。
ReadMe.txtなどをつけ、セットアップやインストールの手順を明記すること。ドキュメントはパッケージのメインフォルダに配置すること。
zipファイルは非推奨。
3DモデリングデータはFBXかOBj。zipにする場合、たとえばLightwaveの元のファイルlwoを含めることもできる。
テクスチャはマテリアルにリンクさせるように。事前に確認しておくこと。
テクスチャはpsd,png,tiffのような可逆圧縮形式を使うように。顧客層からしてpsdが最適だろう。jpgは不可。
プログラムコードの場合、利用者が間違った使い方をしないように警告文を作るように。問題が起きたときに、その解決方法を明示するように。
UIの上の部分に自分の会社名を入れさせないように。UIにメニューを増やさせる場合、適切なカテゴリーに適切な名前で入れさせるようにする。
音素材はノーマライズし、できるだけ均一音量になるようにする。オーディオ素材の場合、オーディオサーバ上でもいいし、SoundCloudなどのサービスにリンクさせてもよい。
価格設定は、素材の複雑さや規模に比例してつけられるべき。以下、目安。単位は米ドル。

単品素材
小規模:2〜20
中規模:25〜95
大規模:100〜500

完成品
小規模:10〜55
中規模:60〜95
大規模:100〜1000

スクリプト
小規模:5〜45
中規模:50〜95
大規模:100〜1000

拡張機能
小規模:5〜45
中規模:50〜95
大規模:100〜1000

別のサイトで同じものをやたら低価格で販売してはいけない。
前例を見ながら妥当な価格をつけるのがベストである。
高い価格をつけることを恐れるな。
プロの作品であるという自覚を忘れないように。アート作品の場合、視覚的に魅力のないものは売れないかもしれない。

プレビューは前例を参考にしつつ、あまり変なものを作らないように。画像はpngで。
大きい画像(550×330)、小さい画像(175×100)、アイコン(128×128)の3つが要る。

提出する際には、アセットストアツールというのを使う必要がある。ログオンして最初のページ下部にあるリンクをクリック、ツールの最新バージョンをダウンロードする。それをインポートし、ユニティエディタから「パッケージマネージャを起動」する。
提供者にロゴを入れるところがある。
記述は英語。ぎこちない英語やスペルが間違っていると再提出。
ウェブサイトのリンク記述は、html形式のそのままで書く。href="www.mysite.com"のような書き方。メールも。
3Dモデルの場合、リグアニメーションされているかどうか、ポリゴン数など書く。バージョンも書く。
プレビューページで問題ないかしっかり確認しよう。
事前にそれが正常に使えるかどうか、テストしてから提出してください。新しくプロジェクトを作り、本当にインポートできるか試す。細かくチェックするように。クレームが飛んできても知らんぞ。
提出後、ユニティチームによって審査される。ただしすべての不具合が見つけられるとは限らないし、後でクレームが飛んでくるかもしれないので、問題はできるだけ自分で見つけておくように。
posted by Valley at 21:42| 日記

2014年06月25日

歌曲のプロデュース方法

友人SPLECTの神がかりな詩を、何とか歌にして発表する方法を模索しております。
音楽業界ではボーカロイドが流行しておりまして、今でもまだずっとはやってるわけですが、多くの問題点があります。
例えばボーカロイドの曲がたくさん投稿してあるピアプロというところ見てみますと、1日に投稿される楽曲は 約30曲あります。
となると このペースで 1ヶ月で投稿される楽曲数は900、 一年では 1万800になります。 この中から本当に素晴らしい1曲を探し出すのにどれくらい時間がかかるでしょうか?
仮に一曲あたり3分とすれば 900曲を聴くのに24時間以上かかります。 一年分の曲全部聴こうとすると おそらく10〜20日ぐらいの間 24時間ずっと夜も寝ずに聴きっぱなしくらいです。

またピアプロの方はまだマシな方で その日に投稿された音楽は一応、2,3ページくらいに全部表示されるので 全て視認できる範囲にあります
一方 ニコニコ動画ではどうなってるかと言いますと 適当に何か作った動画が トップに表示されてる時間は 1度計算したことがありますが、約4秒 です
つまり 適当に作った動画が 誰かに見られるかの可能性は 限りなく0に近いということになります
したがって 投稿された新曲を聴く方法は ボーカロイド新曲リンクのようなタグをたどって しかも 新着順に聴くしかありません
新着順 あるいは コメントの新しい順のような検索かけないと目にすることすら出来ません
どんなに入念に作った 曲であっても目に付かせる方法がないですね
クリス アンダーソンはこのような市場を ロングテール市場と呼んでいます
一部のヒットに対し はるか後ろまで続く市場、 非常に長い つまり大量に作品があるけれども 0にはならない。 そういう曲線をみると まるで恐竜の尻尾のような形をしているので ロングテール市場といいます。
クリス アンダーソンは ロングテール 市場についての問題をいくつか指摘しています。たとえば クオリティが低い割に量が多い、要するに ゴミのたまり場になってしまうこと。 そして その中から自分にあった良い作品を選ぶためには 適切な検索システムは用意されていることが必要だといっています
検索システムというのは 評価順とか 新着順とか そういうやつです。 これはあまりシステムが単純だと、今までと同じように、あらかじめヒットしているものしか検索できません。なので 検索システムは複雑に念入りに作っておく必要があります。漏れてるものは絶対に発掘できないようになってしまうからです。
クリス アンダーソンは そのシステムについて、よくできた例の一つに amazon.comを上げています。
アマゾンのレコメンドシステム つまり評価 評論システムというのがあるため 普通に広告 宣伝してたのでは まったく 人目につかないような 極めてニッチなジャンルについても高い評価高い評論をする人がいれば 関連性に合わせて 前に出てくる可能性があるとしています

関連性というのはかなり重要な指摘でして あるべつの作品が大ヒットを出した場合 それに類似した作品が埋もれている状態で、 普通の人が見ることのできないような作品を、その「関連」によって引っ張り出すことができるわけです。
これによって漏れを防ぐことができる こういった amazon.com の検索システムと比較すると ニコニコ動画は 検索システムがまったくうまく機能していないと感じます
youtubeには関連によって並び替える 検索システムあるので たぶんこちらの方が 埋もれているものを表に出してくるには いい場所でしょう

またニコニコ動画では ヒットを出したクリエイターが収益を得る方法がほとんど確立されていません
これに対し youtubeでは 広告収入で収益を得る方法があります。 例えば 有名なものでは ヒカキン氏のヒカキンTVなど。
youtubeでは オリジナルの動画作品にかぎって 広告を入れることで そこから収入を得ることが可能になっています
一方 ニコニコ動画では クリエーターを支援するシステムありますが 審査などのシステムが不十分で 別の人間に乗っ取られたりすることもあり まったくといっていいほど うまく機能していません
そもそもニコニコ動画は いわゆるオタクというニッチ市場に極度に焦点をあてているため 動画を見ている総数が少なすぎます。
広告収入というのは非常に多人数に視聴してもらわなければそれなりの収益を得ることができないので ニコニコ動画のような ニッチジャンルに焦点を当てたシステムでは 広告収入で生活するということはできないのです
そうしてニコニコ動画で収益をあげたい そこからプロデビューを目指すとか ということは極めてやりにくいと感じます
やるとしたらyoutube でしたほうがいいでしょう。企業の宣伝をするにしてもそうです。 youtubeは企業の宣伝をするのに向いています。
ニコニコ動画はオタク専用のため、通常の企業が宣伝しても効果はありません。


さて 前置きがすさまじく長くなりましたが どうやって曲を世に送り出していくかということですね
私の作った曲はピアノと歌 という組み合わせなんですね
まずボーカロイドで普通に売りに出そうとおもったら この手のネットシステムにおいては 大量生産が不可欠です
極めて短いスパンに大量生産する というスタイルが必須で 気合の入った 一品を時間をかけて出すというスタイルでは まずうまくいきません
それをやろうとおもったら コンテストのようなイベントでグランプリでもとったりして思いっきり目立たないと無理です

したがってはじめ、 量産する方向性で行こうかと思いましたが この市場は 既に人で溢れかえっています
これだけ投稿者が 多いと もはや産業としては成熟を通りこして 衰退に向かっている状況といっても過言ではないと思います
相当のクオリティで相当なペースで量産しても、たやすくうもれてしまうでしょう
それも最も流行りのジャンルでやるならともかく ピアノとかニッチなジャンルでやるのは無謀に近いです
おそらくは同時にありとあらゆる広告 宣伝営業をやっても、ほとんど無力かと思われます

でどうするか。

かなりややこしい方法ですが、思いつきました
けいおん!というアニメをご存知でしょうか?あれと同じ方法を使います つまり
音楽少女 のアニメを作って その中で自分の作った楽曲を歌わせて広めるというやり方です。
とんでもない方法ですが、このやり方なら必ず、ある程度の効果は発揮するでしょう。少なくとも楽曲を単体で出すよりははるかに「効く」はずです。
ボーカロイド音楽は1日に刺され3時曲のケースで作られていますが 自主制作アニメというのは ものすごく数が少ないです。競争率だけとっても、ずっと有利です。
私の長年の人生経験のカンですが、


競争率が高いところに行くと必ずといっていいほど失敗する


のは、身にしみて感じでいます。どの市場に参入すべきか、つまりマーケティングの点ですが、あらゆるビジネスと同じく、ここで失敗するともうだめです。そのあと、どんなにがんばってもうまくはいきません。

しかしまだ問題はまだあります。しかも深刻なものが。
まずアニメをどうやって普及させるかです。ここでつまずいたら 何もかも上手く行きません
アニメの基本はコンテストで賞を取ることで、当然、確率は低いです。仮に賞をとったとしても、あまりおいしい展開は望めません。
こういうのは投資家の視点でものを見るべきです。明らかに衰退を通り越して、今にも崩壊直前のアニメ業界に殴りこむなどというのは、狼の群れに羊が一匹、殴りこむのと同じです。

それでもう一ひねり、考える必要があるわけですね。さて、何も案がないわけじゃありません。問題は、クオリティに関して言えば、多少の妥協は必須であるということ。

「やりたいこと」を優先しすぎると、必ず失敗します。これはよくいわれることですが、要はビジネスなのか趣味なのか、ビジネスに「やりたいこと」を「どの程度持ち込んでも平気」なのか、はっきりさせましょう。
ここで適切な妥協点を設定することに失敗すれば、まるで世間に受け入れられないものができるか、まるで無個性ですぐに退屈されるかのどちらかです。
・・・たぶん作り手の側としては、個性的過ぎる人を妥協させるほうが有利でしょう。よくいうことをきく無個性のクリエーターは、その瞬間に採用される点では便利ですが、人件費のダンピングの波にモロに飲まれてしまいます。

さらにもう少し言うと、個性的な作品が多く産出されるのは、産業がある程度伸びる時期にあるときだけです。衰退時にもそういう作品は生まれますが、わずかです。
したがって、現在よく「アニメはつまらん。クオリティは上がっているのに」などといわれるのは、産業の盛衰と関係があると思われます。これはアニメだけでなく、ゲーム業界でも類似のことが言われています。産業が衰退しかけていると、コストが大きい割りに売り上げの伸びがなくなり、危険なギャンブルができなくなるからです。
産業の黎明期は、特にデジタルの世界では、コストが非常に低いと同時に、需要もたくさんあり、客も「舌が肥えていない状態」にあります。だから下手なクオリティでも売れる。したがって、ちょっと突き抜けた変わったものでも売れる。
産業が成熟すると、その逆のことが起きてしまう。

何をするかといえば、まずどの産業に近づければいいか、ということですね。
自由にやりたいなら、まずは伸びかけの産業を狙うこと、そしてそれは、自社(サークル)のブランドを確立するのにも有利です。
posted by Valley at 14:36| 日記

2014年03月03日

「ボーカロイド・パラダイス」に行ってきました

略してボーパラ、という同人即売会に行ってきました。
ボーカロイドの音楽を出しまくるイベントで、文字通りボカロパラダイス。
いつものことながら自分、合唱曲だのクラシックだの、相変わらず妥協のないド過疎ジャンルで、超ヒマでした。
しかし、なぜか「1枚も売れない」ということは、今までに一度もないんですねぇ……今日も2枚売れました。
よっぽどマイナーなところを攻めまくっているせいなのか、とにかくゼロ枚を出したことはありません。
ゲームとかアニメで、「死にそうなのになぜか死なないキャラ」とかいるでしょう。何べんシバかれてもドツかれても、どう見ても死んでいるようにしか見えないのに、なぜか生きてるキャラとか。ああいう感じです。
「虫の息なのに異常に頑丈」

音楽のイベントに関しては、完全に趣味の範疇とみなしているので、まさしく好き放題やっています。売れるとか売れないとか、ほぼ考えていません。
ただその、以前イベントでクラシックなオーケストラを作っていらっしゃる方が、今回はほとんどいらっしゃらなかったので、自分から買いに行くことができませんでした。お一人おられたのですが、以前その方のCDは購入していたので、今回はしゃべっただけで。
……マイナージャンルやってるとあまり売れないので、みんな違うところに行ってしまったのかもしれません。
やはりというか、東京のM3というイベントでは、そこそこいらっしゃる、という話を聞きました。やはり東京まで行かなあかんのか。
ちょっとした打ち上げとかもできたので、楽しめましたねー。あと疲れてしまいました。昨日も結構遅くまで仕事していたのでね。ちと休みたいですね。

muzieとかでクラシックの曲出している方はけっこういて、交響曲とかもあるんですよ。聞いていると、やっぱり難しい、という気はします。自分から理解しようとしないと、理解できない。自分の音楽も、やはりそういう難解さが、「なじみにくい」というイメージになっているかもしれんと。理解できると、楽しいです。
そんなに難しくしておるつもりはないんですが……どこかで聞いた話、クラシック音楽が好きな人は、音楽好きの全体の3%だと聞いたことがあります。難しいとかそういう以前に、ジャンルとして、それ自体を直売することは無理があるかもしれんとは、よく思います。
そういう事情はよくわかっているので、始めからアニメだのボイスドラマだのという映像芸術を作って、それに付加させるという手順を取っています。映画音楽はオーケストラが多いし、まあ妥当じゃないでしょうか。今回のように、単品でオーケストラをいきなり直売するというやり方が、「なじみにくい」と思われるというのは、よくわかります。



///今後の方針について

何回いったか覚えていないんですが、CGコンテストを目指して、ひたすらアニメ作っています。正直、あまり順調には進んでいません。クオリティは順調ですが、時間がかかりすぎています。本業の仕事が忙しすぎるのが主な原因ですが。

それでですね、ここからが重要なのですが、アニメ製作に関しては、実名でやっていこうと考えています。
なんでかといいますと、CGコンテストって、基本、実名で応募するものだと思うんですよ。たぶん。
んでその、手続きとかでペンネームと実名違って、なんかあったときにペンネームで電話したりされたりすると、混乱するんとちゃうかとか、余計な心配するわけです。
そもそも名前が二つある時点で「めんどくさい」
サークル名とペンネームと実名と、3つあってどれがどれかわからんとかあると面倒なので、とにかく面倒なので、統一してもう実名一本でやればいいやと考えています。

コンテストに出す以上、どんなにヘボい作品でも、とりあえず一回はプロの審査を受けるわけですから、フザけた名前で応募すると印象が悪くなるんじゃないかとか。
Valleyっておかしくない?バレーだかバリーだか、読み方わからんとかいわれて怒られそうだし、英語だから「お前日本人なんか?」と怒られそうだしで、まあ実名でやったほうが無難ではないでしょうか。
「ペンネーム出せや」っていわれたらValleyで出します。必要かどうかわかりませんが。

サークルを潰すわけじゃないんですが、アニメ製作は別行動的に進めようか……と考え中です。
絵とか声とか依頼するとき、知ってる人にいきなり実名で名乗ると誰だかわからないので、そのときはちゃんとサークル名とペンネームもつけて「応募するときは実名でやります」と断っておきます。


今のところはそういう方針で。今後変更するかもしれません。その前にアニメ作るのが先です。

自主制作アニメっつーのが、ご想像のとおりめちゃくちゃな難易度でして、かなり苦戦しております。
今回、3DCGを使って作るのですが、そのまま3Dで2Dの代替を目指しても2Dには勝てないので、「3Dにしかできない表現」を相当に追求しています。
なので、以前の自分の作品の例に漏れず、かなりブッ飛んだものができるかもしれません。「独創的」と評価されるかドン引きされるかは、そのときになってみないとわかりません。

……というわけで、今後も妥協なくブッ飛んだものを作っていこうという方針です。
posted by Valley at 00:52| 日記

2014年01月30日

スキー行ってきました

スキージャム勝山。関西では一番大きいスキー場、らしいです。ここがたまたま家から一番近いので、コースはよく知っています。
なぜか砂漠みたいに晴れていて、冬の北陸にしては不気味なくらい雲がありませんでした。
「どっか近くの宇宙で超新星爆発でも起こって、雲がフッ飛んだんじゃねーか?」とか思いましたが、翌日には普通に雨が降りました。
平日なのになぜかかなり人が多かった。

初級〜中級向けのバラエティコース
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コースにはそれぞれ難易度に応じて名前があります。
スキー場全体の開始コースでもあり、中級車向けのコースですが、迂回路が用意されているので、ド初心者でも滑れます。
なぜかラストが一番急斜面で、初心者にとっては「最後に最大の恐怖が待ち受けている」という構成になっています。
途中で30度近くの急斜面があり、加えてモーグル(コブ)コースになっていた場所があるのですが、これは近年、コブが取られて平坦になりました。この部分は初心者にはきつすぎて、クレームでも来たんでしょう。
初心者に30度でコブというのは、超ハード斜面です。以前は度胸試しみたいで面白かったんですがね。
当然、なだらかな斜面のほうが走行距離は長くなるので、初心者用の迂回コースを滑っていると、腕は上がりませんが、のんびり滑降を楽しめます。何も考えずに山中をぐるぐる回るのも一興。

中級向けのファンタジーコース
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おそらく一番人が多いコースで、滑ってて楽しいコースです。
2人以上で楽しくすべるならここ。だから人が一番多い。
かなり標高の高いところから長距離すべるので、バリエーションもあります。晴れていれば絶景が楽しめます。
高速走行もやりやすく、いろいろ楽しい。速度を出すときは人に迷惑をかけないように、できるだけ空いたところを滑ります。

上級向けのイリュージョンコース
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中級あたりまで適当に滑っていたのですが、上級にきてさすがに練習不足というか、3年くらいスキーしてなくて、そのブランクを思い知らされました。
かなり不安定で、上手く滑れない。速度が出ない。
独特の緊張感があって、ファンタジーコースとはまったく異なります。

まず、人が少ない。絶対人数が中級コースよりも圧倒的に少ない。加えて滑りに来るのは猛者ばかり。
中腹あたりでボケッと突っ立ってると

「おいおい、ここへ来るってことはお前もそれなりに自信があるんだろ?それとも何か、自称上級者のヘタレが調子に乗って迷い込んだか?ハッハー!」

といわれているような気がする(笑
いやもちろん皆さんそんなことは思っていないのですが、しかしなんとなく漂う張り詰めた雰囲気と緊張感。
上を見ても下を見ても、中級とは比較にならない急斜面。引き返すこともできず、進むのも恐怖となると、もはや己の力を信じて先へ進むしかないという、恐怖との戦いになってきます。
滑り方がハードになるので、初級コースの10倍は疲労する。
結局、1回滑って中級コースへ引き返しました。なんか妙に敗北感があるので、今度行くときは上級コースでハイスピードに滑降してやりたいんですがね、しかしあの「急斜面の恐怖」はなかなかのものです。

超上級のエクストリームコース
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ただの崖。ドMコースとも自殺コースともいう。
いつ見ても誰も滑ってない、需要があるのかどうか不明なコースです。40度。
このコースへ行くと勇者になれます。命の保障はありませんが。
激しいモーグルコースになっていて、普通にスカッと滑ることはできません。真横から見ると60度くらいに見えます。滑るというより「落ちる」感じ。
コケると10mくらい転がります。体を鍛えておきましょう。


スマホのスピードメーターで、今回の最高速度を計ったら80キロ出てました。
そんなもんか……でも人の多いところでは危険なのでやめましょう。転んでもかなりの距離転がるため、念のためできるだけ人のいなさそうなところを走ります。ただし上級コースでは皆さん60キロくらいは普通に出しています。
かなりの速度で転んでも、雪面なので怪我することはめったにありません。スキー板もいろいろ考えられていて、危険な状態になると自動で外れるようにできています。
本当に危険なのは障害物に向かって転んだときであって、特にその障害物が「人」だとまずいことになります。リフトの鉄柱に当たるのも危険なので、スピードを出すときは広くて人のいないところを走ります。あと準備運動をしっかりしてないと大怪我することがあります。

とりあえずスピード狂なのでこれくらい出せれば満足……ちなみにスキー板は、速度に比例して不安定になり、こけやすくなります。速度が大きいほど、カーブやブレーキをかけるときに大きな力が必要で、転びやすくなります。わずかな雪面の状態の変化でブッ飛びやすくなります。前方の雪面の状態をしっかり目で確認しながら走らないと、予想外の挙動で転ぶことがあります。
上級コースに行ったり高速走行してる時点で怪我の危険は常にあるので、まあ準備運動とかね、普段から運動して体を鍛えておいたほうがいいですね。
翌日は全身筋肉痛です。

最後に、リフトから見た景色。
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posted by Valley at 21:49| 日記

2014年01月12日

13日の金曜日

なぜか突然見たくなって、1,2,3と借りてきました。ジェイソンさん腕力すごすぎ。
メイン武器は、これまたあまり知られてないんですが、刃物です。チェーンソーは作中、一度も使われていないそうです。

理由として、たぶんチェーンソーとか銃だと、絵的に迫力が出ないというか……たとえば銃は、引き金を引けばすぐに殺せるので、「怖さ」が出ないんですよね。あっさりしてるというか。
刃物は思いっきり振りかざして叩き付けないと、なかなか一撃では殺せません。そういう「肉体的な動き」です。
よくアニメやゲームとかで、少女が祈ると周りからビームや何やら出てきて攻撃したりする表現がありますが、あれがソフト表現の極みです。いかにも「殺した」という感覚がない。
本当に「殺す」っていうのはね、もっと恐ろしいものなんですよ。ハンマー投げの選手のように、「んああっ!」って叫びながら刃物や鈍器を振り下ろすんです。それくらいしないと人は殺せません。
だから本当に怖い映画を作る監督は、できるだけ原始的な武器を選びます。鉈(なた)、鍬(くわ)、鋤(すき)、包丁、枝切バサミ……私が以前作った「美少女山」では、「石」が出てきました。個人的にはこれが一番恐ろしいと思っています。
あとジェイソンは腕力がものすごくて、首を絞めて殺したり、両手で頭蓋骨を割ったりします。強靭な筋力で殺すというのも、絵的に恐ろしくなりますね。

日本のホラー映画では、なぜかこういう物理的な損傷ではなく、精神的な超能力で殺すのが一般的です。よくあるのが「乗り移ると発狂してしまう」とか。
バイオハザードなんかは「生きたまま食われる」ですね。「捕食される」というのは生物が持っている最大の恐怖のひとつでしょう。映画では「ジョーズ」とかですね。

恐怖というのはたぶん、グロければグロいほど怖い、というわけではないと思っています。
むしろそこに至るまでの過程が重要で、恐怖度は状況やストーリーの展開によると思います。
おそらく、ジェイソンそのものが怖いのではないんです。そこにジェイソンがいるとわかっていたら、近づかなければいいだけです。

「ジェイソンがどこにいるかわからない」「ジェイソンがそこにいるかもしれない」から怖いのです。


最近恐怖に飢えてまして・・なんかめちゃ怖い映画とかありませんかね。
posted by Valley at 22:43| 日記

2014年01月05日

まさかの日経1面に初音ミク

1月5日の日経の1面に、音楽業界のヒャダイン氏ならびにジブリの鈴木プロデューサーが出ています。

ヒャダイン氏の言葉を要約すると「音楽は使い捨てされる時代になった。量産できる音楽家だけが生き残る」
これと対照的に、「かぐや姫」の製作を引き合いに出し、鈴木氏は「徹底的に新しい表現を追及した」

音楽の量産というのは、ボーカロイドのことです。コンピューターで作曲し、ボカロで声を入れれば1日で数曲作ることができます。いわば「量産と駄作の時代」に入ったといえます。
なぜ量産する必要があるのかというと、ネットのシステム的に、たくさん作ることがそのもので宣伝効果になるからです。次々とyoutubeに音楽が出てくるので、ユーザーの目に付かせるためには、大作をドンと1作作っても、目に留まらないからです。
ネットの、たとえばニコニコ動画のようなシステムは、新しい動画からトップに載るようにできています。これはどの投稿システムでもほぼ共通で、どんな作品でも関係なく、一度トップに載ったら大体決まった時間を経過してトップから消えます。

大作でも駄作でも、トップに載る時間は同じ。

ならば、とにかくトップに出ている時間を長くしたいと思ったら、たくさん作るほうがいいのです。だから「駄作を量産する」のが、「現在のネット市場に出す(ここ重要)」場合においては、有効なのです。
これに対し、鈴木氏のやり方は真っ向対立しているといえます。さすがのジブリは、徹底的にクオリティを追求する姿勢を変えない。

さて、駄作の量産という概念を持ち出して、すぐに思い出した言葉があります。


「アタリショック」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%82%AF

wikiから重要と思われるところだけ引用します。

「1986年当時の任天堂社長の山内博の認識によると、「サードパーティによる低品質ゲームソフト(俗に言う「クソゲー」)の乱発がアタリの市場崩壊を招いた」と言う[2]。これは後世まで業界の共通認識となっており、2010年現在の任天堂社長である岩田聡は、「粗悪なソフトが粗製乱造されたことで、お客さんからの信頼を失ってしまった。」と定義している[3]。ここから転じて、ハードやジャンルに関わらずゲームソフトの供給過剰や粗製濫造により、ユーザーがゲームに対する興味を急速に失い、市場需要および市場規模が急激に縮退する現象を「アタリショックの再来」または単に「アタリショック」と呼ぶこともある」

「1982年頃より、家庭用ゲーム市場の急激な拡大に釣られて、ゲームを作ったこともない他業種のメーカーがVCSのサードパーティとして参入した。それらのメーカーの雇った開発者は、アタリやアクティビジョンなどの開発者とは違ってまともにゲームを作る能力がなく、結果、非常に質の低いソフトまでもが市場に溢れ返った。極端な例として、VCSに参入したクエーカーオーツ(朝食シリアルのメーカー)やピュリナ(ペットフードのメーカー)などが知られる。それらのメーカーは低品質ゲームソフトに大きな宣伝を打ち、家庭用ゲーム市場全体の信用を損なわせた」

「この当時、アタリ社は発売されているゲームの内容は一切把握していなかった。またユーザーサイドに立ったゲームレビュー雑誌も発達しておらず[4]、基本的にユーザーは玩具店の店頭で、ゲームソフトのパッケージから、中身の質を推察するしかなかった。こうして、ユーザーは「買って自宅のVCSに挿し込むまで、本当に面白いかどうか判らない」ような状況にまでなり、ユーザーの購買意欲減退を招いた」

「1983年当時、市場にはAtari 2600(VCS)の他にも、Atari 5200、バリー・アストロケード、コレコ・コレコビジョン、コレコジェミニ、エマーソン・アルカディア、フェアチャイルド・チャンネルF、マグナボックス・オデッセイ2、マテル・インテレビジョン、Sears Tele-Games systems、Tandyvision、Vectrexなどのゲーム機が存在しており、さらにOdyssey3やAtari 7800と言った次世代機も発表されていた。各ゲーム機はそれぞれが豊富なゲームソフトのライブラリとサードパーティを抱えていたが、供給過剰の状態であり、ソフトのラインナップを埋め合わせるために粗製の低品質ゲームソフトが乱発された。Atari VCSに限って言うと、発売から6年目に入ったVCSは北米で普及しきっており、ハード的にはこれ以上シェアを伸ばすのは難しかった。既に市場は飽和していた」

「1983年に入っても市場は依然活発で、発売タイトルも販売本数もかなり多かったが、1983年6月までには正規価格のソフト市場は大幅に縮小しており、ユーザーは在庫処分価格のソフトを主に買い求めるようになっていた。ゲームが低価格化したことは当初はユーザーに歓迎されたようだが、やがて買ったソフトがどれも低品質という現実に直面する。そして、低品質なこれらのソフトにうんざりしたユーザーの多くは、高価だがクオリティの高いソフトを見直すことはなく、ゲームそのものを止めてしまった」


諸説ありますが、これがおよその業界の共通認識です。

任天堂はなぜその後成功したのか?
ソーシャルゲームと音楽業界は、アタリショックと同じことをやるのか?

不思議なことのひとつは、アタリのゲームにもハイクオリティなゲームが1つや2つはあったと思うんですが、それも無視されて崩壊してしまったって所ですね。
「アタリのゲームはもれなくクソゲー」という認識を全ユーザーが持っていたとしたら、いいゲームを作っても見てもらえない、という事態は十分に納得がいきます。遊ぶ前にクソゲーと決め付けられて、手にとってもらえない。遊ぶ前から拒否される。

もう少し時間がたって、「ソーシャルゲームはもれなくクソゲー」「ボカロ音楽はもれなくクソ音楽」という認識を、全ユーザーが持ってしまったら?やはり終わりでしょう。いい物を作っても、売れません。先入観で拒否されます。


本当にいい物を作る自信があったら、粗製乱造されている市場には近づかないことです。どこか別のところで売ったほうがいいと思います。
何よりも、そこに多額の投資をしないこと。バブル崩壊直後の不動産屋みたいに、借金漬けになる。
やるとしたら、リスクなしで。趣味の範囲でやる。本業にしない。


最近は、ソーシャルゲームよりもコンシューマーの、プレステ4やマイクロソフトのハードが見直されているという話も聞きます。
市場の法則みたいなのがあって、「購入ユーザーは、値上げに対して非常に強い抵抗を示す」というのがあります。
ソーシャルゲームが無料で遊べたが飽きた、だからクオリティを求めて1本数千円のコンシューマーのゲームに移るかといったら、かなり難しいと思われます。

「今までゲームは無料でできたが、これからはお金を出さないといけない」

この流れを作るのは非常に難しい。アタリショック後に任天堂が成功したのは、日本にはアタリショックの影響がなかったからという面もあります。
任天堂は、外国の卸売り場を説得するのにかなり苦労したとか。一度クオリティ不信に陥った店を説得するため、「これはゲームではない」などといったそうです(ファミコンは外国では「NES(Nintendo Entertainment System)」という名前です。ゲームではなく、システムだった)
ソーシャルゲームが普及していない国に向けて輸出するとか?
あるいは、ソーシャルゲームの購入層は無視して、既存のコンシューマー客だけを狙う。このほうがいいかもしれません。

もし既存の音楽業界が、今までと同じ収益モデルで業界を維持しようと思ったら、ボーカロイドを徹底排除したほうがいいでしょう。アマからプロへ持ってこさせないことです。かつての任天堂がそうしたように。ただ、そのやり方ももう崩れてしまっている。



「すべての業界は独立している」説


説というか、これは一般に言われていることなのですが、業界は市場的に独立しており、互いにさほど干渉しないというもの。
たとえばソーシャルゲームがコンシューマーゲームを食ってしまうという説がありますが、実はこれは幻想で、互いに顧客が別個のために、シェアを食う、ということはないといわれています。
ソーシャルゲーム業界が完全に崩壊しても、ソーシャルゲームの客とコンシューマーゲームの客は異なるため、特にコンシューマーゲームへの業界的な影響はない、というもの。
もしそうだとしたら、現在のコンシューマーゲームの不振は「ソーシャルゲームに客を取られたから」ではなく、単に内部的な問題ということになります。単に開発費がかかりすぎて赤字になっているとか。このタイミングでソーシャルゲームが流行っているので、あたかもソーシャルに客を取られて経営不振に見えるだけ、かもしれない。

同様に、新聞にはまるで「すべての音楽家は量産しなければならない」かのように書かれていますが、実はボカロと商業音楽の視聴者はまったく異なっているか、あるいは同じ客でも互いに購入に干渉しない状態なのであれば、商業音楽がボカロに取って代わる、というような心配はしなくていいはずです。

「まるで客を取られたかのように思い込んでいるだけ」だとすれば、ソーシャルゲームやボカロのような「無料メディア」にする必要はなかった、と。その思い込みで、商業音楽やコンシューマーゲームが無料ビジネスに切り替えてしまい、それで収益が減ってしまったとすれば、完全に自業自得です。

大御所が、アマチュアの「無料メディア」に踊らされているだけかもしれない。

本当のところどういう構造なのかはまだわからないんですが……
とりあえず、粗製乱造はやめましょう、といっておきます。長い目で見れば、まず続きません。仮にそれができたとしても、市場崩壊すると思います。「アタリショックの再来」は、起きるかもしれない。
ユーザーは、日に日に賢くなっています。舌も肥えています。その状況で粗製乱造というのは、恐ろしく危険です。加えてレビューなども、インターネットの普及や動画のコメント機能などのせいで、誰でも瞬時に入手できます。いや、入手どころか、何もしなくても勝手に目に入ってきます。わざわざ雑誌を買ってレビュー記事を読む必要はありません。


粗製乱造のリスク

粗製乱造のひとつの重大な問題点は、検索不能に陥ることです。
アタリのソフトは、たとえば100本のソフトのうち、99本がクソゲーで、残り1本がいいゲームだったとしましょう。適当にゲームを取り出して遊んでみた場合、良作ゲームに当たる確率は99分の1です。最悪、99回外れを引く可能性があり、そのユーザーは大変な金額を損します。こんなギャンブルをやる人はいないでしょう。
逆に、2本のソフトのうち1本はクソゲー、残り1本は良作ゲームだとしたら、外れを引くか率は2分の1。これくらいなら、まあ買ってみようかという気にもなります。ファミリーコンピューターは、この仕組みで粗製乱造を防ぎました。ファミコンのソフトは、任天堂がクオリティ的に認めたものでないと、販売を許可しませんでした。

こういう「検査機関」みたいなものですね。必要なのです。漫画雑誌はページ数が決まっているため、優秀な漫画家を選んで掲載させます。なので粗製を読む可能性は低いです。

もし漫画雑誌が1冊10万ページあり、そういった検査なしで何でもかんでも掲載していたらどうなるでしょうか。
百科事典のような分厚い本から、自分の好みの漫画を探さなければなりません。それだけで何日もつぶれます。しかもそのほとんどは、つまらない漫画なのです。うんざりします。
ちょうどそれが起こっているのが、コミックマーケットであり、ニコニコ動画、youtubeなのです。何を目当てに検索するか?ウェブサイトのシステムとか口コミとかでしか頼るものがなく、「本当の良作が検索しやすいようになっているかどうか」という点については、非常に疑問です。
私が計算したところでは、ニコニコ動画に何か新しい動画を載せたとき、トップページに載る時間はわずか4秒です。後はユーザーが特定のタグなどを入力して、しかも「投稿の新しい順」や「コメントの新しい順」に載せた場合にのみ、ヒットします。

適当に載せてもまるで誰も見ないので、広告宣伝を別の場所で打つ必要があります。ユーザーはその情報はどこで得るのでしょうか?わかりません。普通の人は、ニコニコ動画のランキングなどを見ます。今起こっている状況は、アタリショックのときと似ています。「100本のうち、自分の好みに合う作品1本を探し出すために、最悪残り99本の作品を見なければならない」ただし動画の場合、金を払うというリスクはありません。

動画を作っているのはほとんど素人なので、面白くないのは当然です。これを排除するために「ランキング順」に並べる機能がありますが、これをやると今度は、「事前に高評価な作品」しか出なくなります。「すでに大ヒットしている作品」しか検索できなくなります。新しく作品を作っても、誰も見ることができません。
新規の発掘がなくなり、やがて流行は停滞し、動かなくなる。この状況では、緩やかに市場は衰退していく……まさにニコニコ動画はそんな状況にあります。
youtubeにしろニコニコ動画にしろ、やがては「大ヒット」というような概念すらなくなり、各々が自分の作品を身内で紹介するための「作品置き場」になるのではないでしょうか。
もちろんニコニコ動画は二次創作が実質許可されているので、過去の歴史にもあったように、同人即売会もそうですが、法律の介入で一網打尽になる可能性が常にあります。

粗製乱造を防ぐシステムを考えた任天堂は成功しました。既存の商業システムのほうが、たぶん長続きするでしょう。同人の参入障壁の低さは、競争相手を爆発的に増やします。そして検索不能になるのです。

(ニコニコ動画で、かなりのクオリティの完全オリジナル作品を載せると、数十〜数百程度の再生数になります。現在の市場ではこれくらいが上限だと思われます。もっとヒットしているのはすべてパロディか事前に人気のある作者あるいは続編です。新しいヒットの元は、別の場所、たとえば商業アニメなどのパロディです。ここから独立してオリジナルのヒットが生まれることはほぼ起こりません)
posted by Valley at 19:30| 日記

2013年09月05日

懲りずにホラー映画借りてきました

2つ借りてきました。
「パラノーマル・アクティビティ2」
「呪怨 パンデミック」


//パラノーマル・アクティビティ2

前作が超怖かったので、また借りてきた……んだけど……
あんまり怖くありませんでしたorz
たぶん、前作を見ていたため、ホラー耐性みたいなものがついてしまったんでしょう。
パラノーマル・アクティビティとは、日本語で「超常現象」のことで、幽霊とかゾンビとかは出ず、何もないのに物体が動いたり電灯が消えたり、そういう話です。
話の展開や恐怖の仕掛けが前作とほぼ同じ、話の展開も似たようなものだったので、およそ次に起こることが推測できてしまい、あまり恐怖を感じなかったのかと。

初めてこのシリーズを見る人は、かなり楽しめるかと思います。
耐性、つまり「慣れ」による単調さを回避するのは、製作者側としても重要な問題の一つととらえています。
この耐性の問題は、特にホラーとエロで生じやすい。
耐性による売り上げの減少をどうやって防ぐか……
濃厚なストーリーを組み込めば、その単調さを補えると思っていたのですが、それも難しいので素。
実際、一人の視聴者としてこれを見てると、「次にどんな風にして怖がらせてくれるのか?」とばかり期待してしまい、ストーリーがあってもあまり注意しません。
「あれ、この2人の人間関係ってこうだったの?」って、2週目で気づいたり。「実はちゃんとしたストーリーがあったんだ」ってことに気づかずに見ていたりします。

次回作のアニメでは、話の中にホラーな部分が出てきますが、始終ひたすらホラーで怖がらせる、というような展開ではなく、部分分けしようと思います。
この部分は通常のドラマ、次の部分はホラー部分、というふうに、場面によって重視すべきものを変えていく。
ストーリーを見てほしいからといって、全体的にまんべんなくホラー恐怖度を下げる、というわけにはいきません。それではホラーとしてつまらない話になってしまいます。
なので、部分分け。ここでは恐怖させ、ここでは感動させ、というふうに。
単にひたすら怖い話を目指してもねぇ……すぐ飽きられるんじゃないですか?
それに、持続的に視聴者を怖がらせるってのは、かなり難しいというか、センスがいりますね。技術というよりは、たぶん直感的なセンス。
あとホラーネタというのが、映画の世界では割とマンネリ化している印象があるので……新参の私がやってもあまり劇的な効果は得られないかと。
バリエーションと個性で勝負したいなら、やはり普通に面白い話や感動する話を作っていったほうが、よい結果が出そうな気がします。



//呪怨・パンデミック

このシリーズは何作か見ていますが……なんというか、安定して怖い(笑
カヤコとトシオくんのメイクがね、恐怖なんですよ。
なんかあの顔は慣れないというか。「出てくる」ってわかっていてもビビるね。

ビデオテープを再生するシーンがあって、最初は何も気にならないけど、もう一度スローで再生すると、何か変な声が聞こえる。
もう一度スローで再生すると、今度は後ろに誰かの顔が映ってる。
あわててビデオを消すと、真っ暗の画面にまだ「そいつ」が映っているという。
なかなか斬新なホラー演出で、これ考えた人すげー苦労して考え出したんかなー、と思ったり。

このシリーズは全部怖いです。また借りてこよう。

この「また借りてこよう」って思わせるのが、どんなに難しいか……
まあ私は私のやり方で、ベストを尽くすことにしましょう。
posted by Valley at 22:16| 日記

2013年08月26日

一度ブログ内容を削除しました

twitterのツイートと、ウェブサイトのブログの内容が全て消えていますが、気にしないで下さい。
私が自分の個人情報を、うっかりどこかに出していないか、警戒して自分でやったことです(日記には自宅付近の写真もありましたので。
ウェブサイトの内容は、何も変わっておりません。
posted by Valley at 21:47| 日記